川浪社長は、「子供のときからものを作ったり、作ることを考えるのが大好きで、そのまま大人になってしまいました。」と笑顔で静かに話す。昭和32年に前身の川浪鉄工所から三喜工業となり、主にいすゞ自動車のトラック用ミッションの部品加工を行ってきた。昭和47年から両替機やゲーム機器用のメダル送出機(ホッパー)を製作・販売するようになる。業績は順調にのびる一方で、公園を散歩している時、何か子供と大人が遊べる遊具をつくりたいと考えはじめた。「公園で、硬いボールでの遊びは禁止されている。バトミントンは風に弱く、フリスビーは周りの人にあたると危険でもある。安全で子供から大人まで幅広く楽しめるものがないだろうか。それが、リングビー開発のきっかけでした。」川浪社長のお孫さんが一緒に公園で遊ぶことも、新しいフライングディスク開発の動機になっているようにみえる。
従来のフライングディスクは、硬いプラスチック製が多いこと、投げ方が難しいこと、当たると危険なことなどから大人向きになっている。そこで「弾力性があり、投げやすく、風の影響を受けにくく、真っすぐ長い距離飛んで、安全であるフライングディスク」をつくろうと川浪社長の試行錯誤がはじまる。川浪社長は、なにか考えて試作品を作っているときが、本当に楽しいと言う。
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