篠塚建次郎という名前をどこかで見たり聞いたりした人は多いと思う。カーレーサーである。パリ・ダカールラリーでは毎年活躍している。松波登社長は、その篠塚建次郎に大学生の時に知り合い、その魅力に引き込まれた。学生時代にはラリーチームに参加し、ラリーの面白さを堪能していた。卒業後は、三菱自動車系の自動車販売会社に入社し、その傍ら休日は三菱ギャランでラリーチームに参加するという入れ込みようである。しかし、松波社長は、父親との約束があった。父親が経営するガス検知機メーカーを継ぐという約束である。1年8か月で親の会社に入社すると、トヨタ自動車から声を掛けられ1973年ファクトリーカーでJMSラリー選手権に参戦し3位となる。30歳の時、父が亡くなった。父の会社の社長に就任したが、経営の実態は厳しく大きな負債を抱え倒産寸前という状況にあったという。自動車どころではない。必死で、父から受け継いだ会社を立て直した。再建の目処がやっとついた時、ある夜に夢を見た。トラックを運転して、ルームミラーを見ると、後席に置いたテレビの画面に後方の景色が映っていた。「これだ!」と思った瞬間、昔の自動車への想いが甦ってきた。大型トレーラーの免許取得時に後方視野の悪さには苦労させられていた経験に結びつく。トラックにおける後方確認は、これまでギアをバックポジションに入れた時のみに「バックアイカメラ」が作動して、運転席ダッシュボードのモニター映像でドライバーが後方確認を行っていた。自動車工業会の基準では、走行中にモニター映像を直接見る映像表示を認めていなかったため、バックする時のみ映像が見られる仕組みとなっていたのである。
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